会社名 西酒造株式会社
代表取締役 西 陽一郎
所在地 〒899-3309 鹿児島県日置市吹上町与倉4970-17
電話番号 099-296-4627
FAX 099-296-4260
創 業 弘化2年(1845年)
資本金 1,000万円
事業内容 本格焼酎製造販売
経営理念

我々は、常に健康で善良な心で行動し、
一人ひとりの幸せと生きがいの追求に努力精進し、
社業の発展をもって世の中に貢献する。

経営指針

西酒造株式会社は、焼酎を醸し世の中に旨さと信頼で貢献します。
(旨さとは、人それぞれの嗜好に加え、醸す人の心、醸す環境までも含む風景である。)
西酒造株式会社は、焼酎文化を創造し世の中に伝えていきます。
(焼酎は、日本古来の蒸留酒であり、世界に誇るべき文化である。)
西酒造株式会社は、焼酎を醸す事で人を育て世の中に貢献します。
(職人集団としての意識を持ち、健全な精神を鍛錬する。)

宝山、その名の由来は、伝説の琵琶法師。

鎌倉時代初期、一人の琵琶法師がいました。
名は、京都常楽院19代住職、宝山検校。
住職は、源頼朝に命ぜられ、島津家の祖・島津忠久とともに祈祷僧として
薩摩・吹上に足を踏み入れました。
人々の幸せのためにさまざまな活動を行う検校の功績を讃え、
忠久公は「中島常楽院」を建立します。
しかし、ある夜のこと、大地に叩きつけるような雷雨とともに
竜巻が起こり空から大蛇が舞い降りたのです。
すると検校は、吉事の兆しとされる琵琶を弾じ、懸命に祈祷を続けました。
すると、大蛇は大龍となって、黒雲の中を泳ぐように逃げていったのです。
もともと中島常楽院は大きな湖にあったのですが、天空も白み、
夜が明けるころ、す~っと水が引き、一帯は平地となりました。
やがて、そこは田畑となり、人々に富をもたらしたと言われています。
そんな伝説として語り継がれる宝山検校が、
「吉兆宝山」「白天宝山」「富乃宝山」など
宝山シリーズの名前の由来になっているのです。

吹上町に根を張って、160年。

目の前に、果てしない水平線が続いています。
そして、遠い大陸から運ばれてきた風が駆け抜けていきます。
東シナ海に面し、「日本三大砂丘」の一つに数えられる吹上浜を抱く鹿児島県の薩摩半島西海岸のほぼ中央、
吹上町が西酒造のふるさとです。
吹上町は、面積は96.99平方キロメートル、約1万人の住民が静かに暮らしています。
平成8年には「日本の渚百選」にも選ばれた「吹上浜」では、
毎年5~7月にかけて50頭近くのウミガメが産卵のために上陸します。
この町で暮らす人々に見守られながら160年間、芋焼酎を造り続けてきました。
私たちは、焼酎造りは農業のようなものだと考えています。
そこから見わたせる風景から生まれてくるものがすべて。
けっして、目の届かない場所では焼酎を造らない。
この町の風景がなければ生まれなかった宝山です。

西酒造が造る焼酎は、すべてお客様の笑顔のためにあります。
心から喜んでいただける焼酎でなければ宝山とは呼べない。
そう信念を持ち、味わいの追求から品質管理まで、
ひとつひとつの取り組みにきめ細かな体制を作ると共に、蔵人全員が心を込めて対応しています。
西酒造で働く者は、芋切りから始まる焼酎造りのすべての工程、そしてお客様と接することも経験します。
焼酎が生まれる瞬間から、お客様の笑顔が生まれるまでの物語を知らなければ、
どんな仕事を担当する者も蔵人としての責任を果たせないと考えるからです。
また、焼酎蔵としては稀な米蔵を併設し、一年間使用する麹米を籾のまま貯蔵し、
必要な分だけ精米して使用しています。
すべては、よりレベルの高い旨さと、より大きなお客様の満足のため。
確かな約束こそが、真の旨さを届ける基盤であると西酒造は考えています。
ぜひ、私たちが造る宝山をお飲みいただき、
"宝山基準"によって生まれた焼酎の数々をお確かめください。